■それでも疑い…そして悩み続ける人たち
世の中には本当に疑い深く、いつまでも悩んでいる人たちがいる。
その疑いを晴らすことに執念を持ち続け、明確な根拠を探し続ける。
おおよそ推測の域を脱しなければ、それは限りなくクロに近いグレーとなる。
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富田レポート 偏差値70!『思考』の構造
2005/03/18 配信
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今日は花粉がひどい・・・。
最近こんなことばかり考えています。
この花粉症のひどさを経済的な観点からみたら本当に大きな損失だなぁ。
受験生は本当にかわいそうだ。
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■『幸せ』と安心感、それはギャップなのか
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この手の話は受験生にはあまり関係ない話かもしれない。
しかし、僕は自分の合格の可能性を強く信じる反面、その反動、すなわち落ちるという恐れに
常に脅かされていた。
この【反動】は常におきうる。
受験の世界だけではない。人間は希望することの裏を常に考えている。
よく言えば危機管理能力だ。
スベリ止めの大学を用意しているのは、第一志望校に合格すると信じていても、
万が一落ちるという危険性を考えているからに他ならない。
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思考の定住化を拒否すること。
<ナマケモノ>の戦略
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しかし、人によってはあまりにもこのウラをとることに執着しすぎる。
われわれは【生の真実】に触れることはできない。
それは、『自分』、『自分の価値観』というフィルターを通してでしか触れることが
できないのだ。
疑うという一見マイナス思考の行動をなぜしてしまうのか?
それは、危機管理の面もあるだろうが、幸せを追い求めているのかもしれない。
われわれはプラスの幸せを手に入れることが苦手だ。
なぜなら、時間も労力もかかる。
例えば、今の0地点に立って」いるとしよう。
何かで成功して(それは部活でレギュラーになる、何かで表彰されるなどなんでもよい)幸せを感じることがプラス20のことだとしよう。
この場合は、20−0=20
これが幸せのギャップ値だ。
一方、誰かに疑いをもつ。
きっとコイツはオレのことを裏切る、オレに嘘をついている。
これはとても不愉快だ。マイナス20の地点だ。
しかし、執念で、その疑いは実は思い過ごしだったと判明する。
このとき、0地点に戻ることができる。
すると、幸せのギャップ値は、
0−(−20)=20
となり、先ほどと変わらない。
しかし、大きな違いは、前者は何かを生み出そうとしている【創造的】作業に対し、
後者は何の努力もせず、簡単にできる非創造的な【破壊的】作業でしかないということだ。
自分はどうせうまくいかない・・・。
だから、目標を低くする。
すると、目標は達成できる。(なぜなら、達成可能な目標しか立てないからだ)
そんなところに『幸せ』を感じる。『喜び』を感じる。
しかし、これには大きな副作用がある。
それは【麻薬性】だ。
特に、なにかを生み出すのではなく、まずマイナスになるだけだから、幸せのギャップ値を味わうために
何回も同じことを繰り返す。
彼氏が暴力を振るうので、別れても、また同じような男性と付き合う。
これは、「暴力のあとの優しさが幸せに感じる」ということらしい。
しかし、これは繰り返してはならない。
プラスの幸せを得ようとすることは大変なことだ。人を信じることも簡単ではない。
このままではいつかは破綻するのだ。


